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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(あ)329号 決定

本店所在地

大阪市阿倍野区天王寺町北三丁目一二番一七号

サンライン株式会社

右代表者代表取締役

橋野實

本籍

大阪市阿倍野区天王寺町北三丁目一二〇番地

住居

同 阿倍野区天王寺町南三丁目一〇番八号

会社役員

橋野實

昭和一〇年六月一九日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五八年一月二八日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人鈴木康隆の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 木下忠良 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次)

○ 上告趣意書

被告人 橋野實

同 サンライン株式会社

右被告人両名に係る法人税法違反被告事件につき、つぎのとおり上告の趣意を述べる。

昭和五八年四月二二日

右被告人両名

弁護人 鈴木康隆

最高裁判所第二小法廷 御中

原審ならびに第一審が、被告人サンライン株式会社に対してなした罰金一、二〇〇万円、同橋野實に対してなした懲役一〇月執行猶予三年の判決はいずれも重きにすぎ、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

一 被告人サンライン株式会社(以下被告人会社という)および被告人橋野が、その所得の申告をゼロにした理由はつぎのとおりである。

昭和五三年、被告人会社の従業員の失火により、会社の建物が全焼してしまった。そのため、会社の建物等を再建し、かつ経営基盤を安定化させるためには、多大の資金を要することが予想された。

加えて被告人会社は、会社組織とはいえ、その実質は被告人橋野が主宰し、被告人会社は全面的に被告人橋野に依存していた。ところが被告人橋野は、その頃体調をこわし、同人が病気になった場合は、被告人会社はたちまちにして倒産状態に陥ってしまうおそれがあった。多数の従業員とその家族は会社が倒産状態になればたちまち露頭に迷うことになりかねない。会社を経営している被告人橋野としては、この心配は大変切実なものであった。被告人両名の本件犯行の動機は以上のとおりであり、十分同情に価するものである。

二 つぎに、被告人会社についてみれば、本件両年度のほ脱額については本税四、三八〇万円、重加算税一、三〇〇万円、延滞税一、五〇〇万円、合計七、一八〇万円を支払うべく、税務当局と交渉の末、その支払いの話合いも成立している。さらに地方税についても約三、〇〇〇万円を支払わなければならない。

前にも述べたとおり、被告人会社は被告人橋野の個人会社的色彩の強い会社であり、かつ零細企業である。現在の深刻な不況の中で被告人会社は国税地方税を合わせて一億円以上の税金を支払わなければならない。これはもとより当然のこととはいえ被告人会社のような零細な会社にとってはまさしく会社の浮沈にかかわる問題である。これに加えて本件罰金一、二〇〇万円を支払わなければならないとするならば、罰金については延払いとかその他の措置が認められていない以上、被告人会社にとってはまさしく生死にかかわる事柄である。

現在の状況のもとでは、被告人会社は罰金一、二〇〇万円を即時に支払う能力を持合わせていない。仮りに右について強制的方法にによって支払いがなされたとしても、その先は結局被告人会社が倒産する道をたどるであろうことは必定である。国家財政の収入不足が論議されている今日、一、二〇〇万円の罰金を強制的に支払わせることによって、被告人会社の倒産を招来し、その結果、本来被告人会社が支払うべき一億円余の税金についてその徴収不能を生じさせることは、まさしく角を矯めて牛を殺すの愚を犯すこととなりかねない。

そもそも法人の犯罪能力についてはこれを否定する見解も多く見られる(団藤刑法綱要経論八三頁)。行政刑法において法人に罰金刑が科せられているのは、多分に政策的配慮に出たものである。法人についてほ脱罪が設けられている趣旨はこれを放任することによって国家の財政的基盤を危くすることを防止することにある。とりわけ、現在の高度に発達した資本主義国であるわが国においては、法人、とくに大企業の果たしている役割は極めて大きい。このように脱税を防止する、ということは、税収入を確実にする、ということを意味し、これが本件ほ脱罪の制度の趣旨というべきである。大企業とはほど遠い存在である被告人会社ではあるが、税金を確実に支払わせる、という制度の趣旨は、本件被告人会社にも当然生かされるべきである。

このような観点より考えれば、被告人会社に対して過重な罰金を強いることによって、被告人会社を倒産のやむなきに至らしめることは、むしろ制度の趣旨にも反するものとなりかねない。

本件犯罪の倫理的側面については、被告人会社の代表者である被告人橋野が懲役刑を受けることによって十分償いをしている。

三 以上累述して来た点よりして、被告人両名に対する第一審および原判決は重きにすぎるものであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

以上

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